ほっと一息

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2025.02.19

身近な草木 和ハーブ入門

JA広報通信2025年2月号

植物民俗研究家/和ハーブ協会副理事長●平川美鶴

キブシ 春の到来を告げる花かんざし

 肌寒い冬枯れの山野に、薄黄色の花を密に連ねて長くぶら下げている木がキブシです。早春の風にはらりと揺れるキブシの花を、枝ごと少し手折(たお)って髪に挿せば、とても清楚(せいそ)な雰囲気の花かんざしになります。また花房ごと丁寧に枝から取り、さっとゆがいておひたし、あるいは天ぷらで姿揚げにすれば、ほんのり甘みがあって早春の味わいを楽しめます。
 

 

 キブシは明治初期まで続いた、歯を黒く染める風習であるお歯黒の材料になるなど、古くから日本人の暮らしに使われてきました。果実にタンニン成分が多く含まれていて、黒い色に染めることができるのです。お歯黒として使うときには、果実をいったん干してから粉状につぶして、鉄漿水(かねみず)と交互に塗り重ねます。
 

 

 同じくお歯黒に使われる「ヌルデ」という植物の場合は、アブラムシがたまたま葉に寄生することでできる虫こぶ部分・五倍子(ふし)が材料になるので「レアで高級なお歯黒」ですが、キブシは毎年果実を付けてくれるのでいわば庶民のお歯黒です。漢字でも、「五倍子」の代用という意味に由来して「木五倍子(きぶし)」と書きます。
 

 

 樹木は葉の形や付き方などを手がかりに見分けていきますが、キブシは特徴があるようで意外とありません。葉の形や、花の後に葉が出る様子などは、一見桜にも似ているため、慣れないと見間違えやすいです。全体的に地味といえば地味ですが、目が慣れてくれば林内のあちこちで見つかります。さらに観察していると、前年の秋にはもう花芽と葉芽を付け始めていて、ゆっくり冬を越している様子が分かります。
 

 

 キブシが寒さに耐えて春を待ちわびながら、花を咲かせる準備を進めてきたことに気付くと、彼らの生命力やけなげな生きざまになんとなく勇気づけられます。

 

 


山にいち早く春の到来を告げるキブシ

 

植物民俗研究家/一般社団法人和ハーブ協会副理事長
平川 美鶴 (ひらかわ みつる)
8月2日“ハーブの日”生まれ。全国各地の足元の植物と人のつながりを訪ね、日本人らしい生き方や感性を探求。講演、執筆、ものづくり、フィールド案内、実践ワークショップ、地域創生プログラムなど幅広く携わっている。著書に『和ハーブのある暮らし』(エクスナレッジ)など。