ほっと一息
2026.08.19
ファクトで読み解く農業
JA広報通信2026年8月号
東京大学大学院 特任教授・名誉教授●鈴木宣弘
食・農守る意識低い日本人 違いは「教育」
日本の食料自給率が先進国最低水準になっている背景の一つとして、日本人の自国の食料・農業を大切にする意識の低さが指摘される。特に、欧州の方が幾度もの戦争と食料難を経験したから日本よりも食料・農業・農村への共感が深いとの指摘があるが、それは違う。
日本も戦争などによる厳しい食料難を経験しているのに日本人はそれを忘れ、欧州はなぜ忘れないか。それは教育の差ではないか。
それを検証したのが薄井寛「歴史教科書の日米欧比較」(筑波書房、2017年)である。例えば、ドイツの歴史教科書「発見と理解」では、「イギリスの海上封鎖によって、(中略)1914~18年、栄養失調による死亡者は70万人を超えた」といった記述がある。戦時中の食料難を、生徒たちの討論や研究課題に取り上げる教科書も少なくない。
一方、日本の戦中・戦後の食料難の高校歴史教科書における記述は90年代半ばまでは増えていたが、2014年度使用の「日本史B」19点を見ると、戦後の食料難を4、5行の文章に記述する教科書は7点あるが、他の12点は1~3行、あるいは脚注で触れているのみで、人々の窮乏を思い起こさせる写真も減少していると薄井氏が指摘する。
戦後の日本はある時点から「不都合な」過去を消し始めた。筆者の指摘にフェイスブックにこんな体験談が寄せられた。
「農村では権力的に米が収奪され、農家であるわが家でも一番上の姉は5歳で栄養失調で亡くなりました。(中略)私も弟も栄養失調でした。母が『カタツムリを採っておいで』とザルを渡してくれました。カタツムリを食べる習慣のない当時、グルメやゲテモノ食いとしてではなく、生き残るためとして母はそう言ったのです。(中略)弟と河原で数十個採ってきました。母はそれを煮つけてくれました。全身に染み渡ってくれたあの味は今でも忘れません。1950年ごろのことです」
私たちはこうした重い過去を次世代に引き継ぐための情報収集と普及活動を国民的に展開すべきであろう。これこそが命を守る「食育」ではないか。子どもたちが変われば、日本の食と農の未来が変わる。
※日本農業新聞 2026年1月6日付「今よみ」を一部改編

東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授・名誉教授
鈴木 宣弘(すずき のぶひろ)
1958年三重県生まれ。1982年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。近著に『いま知りたい お米と農家の話』(農文協)、『もうコメは食えなくなるのか 国難を乗り切るのにほんとうに大切なものとは』(+α新書)、『令和の米騒動 食糧敗戦はなぜ起きたか?』(文春新書)などがある。


