ほっと一息

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2021.04.07

地域を豊かに 日本の種子を守る会会長 八木岡努さんに聞く(3) 脱サラ農家の奮闘

JA広報通信4月号

ノンフィクション作家●島村菜津

 

 

 八木岡努さんは、昨年の種苗法改正案で、2022年4月から自家増殖や自家採種を許諾制にし、その実施については原則禁止となることについて、慎重な議論が必要だと主張した。

 「イチゴ農家としても看過できない。なぜなら自家増殖を基本としているからだ。サトウキビ、サツマイモ、リンゴ、ブドウ、豆類も同じ。イチゴの場合、農家は10~20本の親株を買い、30~50の子株を育て、そこから選抜し、また翌年育てる。親株が形の良い物に育つか、その土地に合うかは分からないからだ」

 10アールで約6500~7000本が必要で、自家採種し続けられるか否かは、農家にとって死活問題である。

 

 そこで案内されたのは、常陸大宮市のイチゴ農家「つづく農園」だ。主人の都竹大輔さんは、かつて東京の建設会社総務を手掛けていた。だが、早朝に起き、夜中に戻る仕事はハードで出張ばかり。家族と過ごす時間はほぼなかった。

 「あるとき、3歳の息子が障子の陰からじっと自分を見ている様子にはっとした」と言う。

 光化学スモッグ警報のたびに子どもを外で遊ばせないでとも言われる。そこで32歳のとき、自ら車で移住先を探す中で、那珂川沿いの風景に一目ぼれした。その日、役場の相談室で紹介されたのが、JA水戸の組合長だった八木岡さんだ。研修資金は8万円、村営住宅も2万円ほどだったが、農地探しには苦労した。先祖代々の土地を見ず知らずの者に貸す人は少なく、目を付けた土地には地主が6人。そこでまず移住し、半年、八木岡家で研修を続けると、地主の1人が「本気そうだから貸してあげてもいいのでは」と周囲を説得してくれた。

 

 1年後の2006年には農園を開業、2013年、県の「いちごグランプリ」で見事金賞を受賞した。脱サラして15年、今や35アールのハウスで7種のイチゴを栽培し、イチゴ狩りも始めた。

 4ヘクタールの土地で野菜も作るのは、「イチゴの仕事は冬場だから。毎日3人、延べ6人のパートさんの収入を通年確保するため」だ。労力軽減へマッスルスーツを5着も購入した。「重い物を持つのに楽なわけではないが、ずっと中腰の姿勢で作業するイチゴ農家にはありがたい」そうだ。

 決して順風満帆ではなかった。那珂川は2度も氾濫し、2年前には3メートルの洪水にハウスが埋まり、廃業も頭をかすめた。だが、長い付き合いのパートを含めて200人以上のボランティアに救われた。JA県中央会はバスでやって来た。

 「先生には、農家としての地域との関わり方を教わった。先生の倉庫には地域の方が誰でも使えるトラクターがあったり」。そんな都竹さんも5年前から研修生を受け入れる。

 「自分が地域に受け入れてもらったからです」。昨年10月も「イチゴ屋さんになろう」というイベントを開催。「現在、この地域に9人のイチゴ農家がいますが、うち7人が新規就農です。来年も3人入ってきますよ」

 八木岡さんも言う。「農協は、これまで戦略的な農家ばかりをイメージしてきた。でも専業でトップを目指す人だけでなく、これからは定年帰農、新規就農、Uターン、農ある暮らしをしたい人、その全部が必要なんです」

 

ハウスの開閉や水やりを自動化したスマート農業にも挑戦中の都竹大輔さん(右)と八木岡さん

 

 

直売所で午前中には売り切れる完熟イチゴ

 

 

労力軽減で購入したマッスルスーツ

 

 

 

 

島村 菜津(しまむら なつ)

ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生!』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。